広島高等裁判所岡山支部 昭和29年(ラ)19号 決定 1958年3月24日
抗告人(申請人) 牧野実 外一名
相手方(被申請人) 岡山市長
原審 岡山地方昭和二九年(行モ)第四号
主文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
理由
本件抗告理由は別紙のとおりである。
案ずるに、
抗告人らが本件で執行の停止を求める移転命令は、抗告人山下良雄の所有にかかる岡山市内山下八十六番地、同牧野実の所有にかかる同八十一番地の十三、の各宅地につき、岡山市長(本件相手方)から特別都市計画法(現在は廃止となつている)第十三条によつてなされた換地予定地指定処分に基いて、同市長が同法第十五条に従つてしたものであることは、公文書であつて反証のないかぎり成立が推定される第二十六、二十八(これらの書証中、山下芳生とあるは山下良雄のことであり、借地とあるは所有地の誤である)、二十九、三十五号証により(以下総ての書証について「疏」という符号を用いないこととする。)明らかである。
一方、公文書であつて反証のないかぎり成立が推定される第一号証の一、成立が認められる第十一号証の三、五、によると、右八十六番地、八十一番地の十三の両宅地を含む岡山市内山下一帯の土地約四千九百七十八坪は、前示岡山市長が特別都市計画法第十三条に基き岡山県知事に対し県有敷地(後記参照)の換地予定地として指定したものであることを認め得る。
抗告人らは
一、岡山市長の岡山県知事に対する右換地予定地指定処分は、憲法第十一条および第三十一条に違反し、土地収用法所定の手続をくぐつた脱法行為でもあり、かつ、換地のもと地たる県有土地は岡山市川崎町一番地三十六坪であるから、もと地の百三十倍以上の広さのものを換地予定地に指定したのであり、いずれの点からするも無効である。
二、従つて、この換地予定地に指定された前示抗告人ら所有宅地をもと地として、岡山市長が抗告人らに対してした前示換地予定指定処分は無効である。
三、そして、二の処分を前提とする本件移転命令は無効である。と主張する。
ところで、一ないし三の処分または命令が無効かどうかは、ほんらい、抗告人らが原告となつて原審に提起したと称する、本件命令の無効確認を求める訴訟で確定されるべきことがらであつて、本件で確定されるべきことがらではなく、本件では前示移転命令が行政事件訴訟特例法第一〇条第二項本文にいう「………処分の執行に因り生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認め……」られるかどうかを―同項但し書所定の主張がある場合にはその主張をも―判断すれば足りるわけであるけれども、しかし、前掲処分ないし命令が明らかに無効であるならば、その命令の執行を停止して、抗告人らの権益を保護すべきは当然であるから、この意味において、まず、前掲処分ないし命令が明らかに無効であるかどうかにつき判断を加える。
(一)、記録に現われた総ての資料によるも、前掲一の換地予定地指定処分が憲法第十一条および第三十一条に違反するとは認められないし、この処分が土地収用法所定の手続をくぐつた脱法行為であるとも認められない。もつとも、第一号証の一、第八号証、第十号証の一、によると、もと地と換地予定地との広さの関係が抗告人らの主張のとおりであるようにも見えるし、第六号証によると、もと地は抗告人らの主張の土地ではなく、岡山市石関町七十六番地宅地四千七百三十三坪であつて、その換地予定地との広さの関係が抗告人らの主張とはちがうようにも見え、更に第十八号証には右第六号証と異る記載があり、そのいずれが真実であるかを決めるに足る他の資料は記録上存しない。要するに、もと地と換地予定地との広さが著しく異るという理由で直ちに前示換地予定地指定処分が明らかに無効であるとはいい得ない。即ちこの処分が明らかに無効であるとは認められない。
(二)、前掲一の換地予定地指定処分が明らかに無効とは認められない以上、前掲二の換地予定地指定処分、および前掲三の本件移転命令は右無効を承継した、明らかに無効のもの、と言い得ないことはもちろんであるのみならず、仮に右一の指定処分が無効であるとしても、それを以て直ちに抗告人らに対する右二の指定処分が当然無効であると軽々に断ずることはできない。尚右二の処分、三の命令、それ自体に無効の瑕疵が存在することも記録上見受けられない。
されば、前掲一ないし三の処分または命令は明らかに無効であるとは認められず、本件移転命令のいわゆる公定力は覆らない。
そこで、本件移転命令の執行を停止すべきかどうかは、前示のように、本件移転命令の執行に因り抗告人らに生ずるであろう償うことのできない損害を避けるため緊急の必要があると認められるかどうかにかかる。なるほど、抗告人らが本件移転命令の執行によりその住宅を立ち去つて他に転居を余義なくされることとなり、その物心両面に相当の痛苦を被るに至るであろうことは、これを察知するに難くないが、抗告代理人神川貫一審尋の結果によれば、抗告人山下良雄に対する本件移転命令の目的物である建物は既に他に移転済であることが認められるのみならず、抗告人らの被るであろう損害が「………償うことのできない損害……」であるという点に関しては、抗告人らの全立証をもつてしても遂にこれを認めることができない。抗告人らの本件申請が行政事件訴訟特例法第一〇条第二項所定の要件をみたすとは認められないのである。
よつて、本件申請を認容しなかつた原決定は結局相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却すべきものとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第四一四条、第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 高橋英明 高橋雄一 小川宜夫)
抗告理由
行政処分執行停止申請事件の梗概
一、岡山市は戦災で焼土と化し岡山県庁舎も全焼した。そして特別都市計画法に基き土地区画整理の実施となつた。昭和二十一年頃時の岡山県知事、岡山市長等は同県庁舎を以前の土地以外に建設せんことを計画し、爾来両当局はその敷地獲得、その位置の決定に実に昭和二十七年十一月二十九日迄だらしのない苦心をし同日漸く現岡山県知事の決定でその位置がきまり、その敷地は抗告人等の土地を含む岡山市内山下一帯約五千坪ということになつた。爾来相手方は抗告人等に抗告人等の土地は特別都市計画法(以下特計法と略称)に基き岡山県に対し換地指定してやつたから所定の土地へ換地替せよと換地指定通知続いて移転命令を発して来て移転を肯せざる者に対しては行政代執行をしてその目的を達しつつ現在に至つておるのである。
二、抗告人等の土地五千坪にいる住居者は既に昭和二十二年頃より岡山県庁舎敷地となるということから本建築は許可されず、木羽葺で過したるも同庁舎敷地候補地次々と変り抗告人等は迷いつつ瓦も置かざるを得ず、斯て叙上の通り七年目に同庁舎敷地と決せられ移転ということになつたが、凡そ公共団体たる岡山県と抗告人等も特計法に於ては平等の待遇を受くるもので岡山県だからというて優先的に個人の土地を獲得するわけには参らぬ、即ち土地区画整理上岡山県庁舎敷地が移転するの止むなきに至り自然抗告人等の土地へ移転漸次抗告人等も移転ということならば、而してそれが特計法に拠るものなら何をか言わん、特計法に於ては言う迄も無く従前の土地が土地区画整理上或は道路となり或は縁地帯となる場合、又そうした影響から漸次その土地には換地が与えられるべきである。然るに岡山県の従前の土地、岡山市石関町七六は同県が既にその一部を広島高裁岡山支部に売渡し或は一部を貸地しおり此の土地に対しては土地区画整理は行われていない、そこで特計法に依つて抗告人等の土地五千坪を獲得するためには従前の土地が必要なために(相手方は獲得という文字を使用し来たる)合法化すため岡山市川崎町三〇番地に県有土地参拾坪があり、相手方は此の参拾坪が土地区画整理上整理されたから之に対し岡山県に対しては増換地して抗告人等の土地五千坪即ち四千七百坪を増換地してやるとして漸く本年七月十四日岡山県に対し換地指定処分の通知を発している。そして同県に使用収益権が発生したから抗告人等に対し夫々所定の換地へ移転せよと移転を強行して来たのである。ところが抗告人等と同一運命にあつた者で同県に換地の指定通知をする以前に移転を強行された者もある。
三、如斯特計法に依る土地区画整理のためと称して官庁公共団体をして個人の土地を獲得し得るものならば岡山地方裁判所の敷地の如きも何を好んで納得取引で高い土地代を支払つて買上げる必要があろうか。抑も耕地整理法三〇条準用の結果斯る僅少の土地を従前の土地として、ぼう大な五千坪という換地を与え得ざることは常識で明白である。仮に理由を此の種他の諸法令に基いてこじつけられるものありとしてもそれが仮にも形式上合理的に手続化されておれば別、さもなければ法律効果は発生せぬ。元来従前の土地参拾坪は旭川堤防上の土地であつて元岡山測候所土地に接していた土地、何等岡山県庁舎敷地を特計法上取得せしむる従前の土地という条件に当はまるものではないのである。最近相手方下僚が此の参拾坪の道路面の石崖をくずし宅地らしく直しつつある情況は如何にしてこの争を自己に有利にせんとしたかが理解され洵に風上に置けぬ行動をとりつつありと言い得る。之は停止処分申請に依る審訊の際の用意であつたろう。
四、相手方はその代理人により本訴に於て従前の土地は旧庁舎跡四七三三坪であると牽強附会な主張を一方に於て為している。正に不確定な二様の従前の土地を主張し来つたがその醜態は噴飯に価する。抑も疏明資料に依るも岡山県知事は岡山市長が抗告人等の土地を岡山県に対し果してくれるのだろうか、市長は協力してくれるのかと県議会で問答しており相手方市長又根本的に不合理な換地指定処分と解したか消極的な点が窺われた。総体此の土地区画整理というものが知事の仕事なのか、市長の仕事なのか、特に岡山地方裁判所昭和二十八年(ワ)第一九八号原告貝畑広文被告相手方の民事事件の如きも原告が換地の通知を受けていない岡山県に対し同県は使用収益権ありとして原告の土地の使用を始めたという事件で如何に権限の乱用をしているかが解る。相手方の主張の根本は岡山県庁のためなら公共性を有するから換地通知など必要ないというにある。貝畑事件で岡山県に対しても特計法第十四条の通知が必要であると知り急遽同年九月十七日一部の通知を発し次で本年七月十九日総括的の通知を同県に発したるが如きは実に専横も甚だしく旧官僚式の「県」のためなら個人の土地を如何にしてもよいという腹であつて洵に法治国観念の無きこと之が吏僚委せという欠陥というの外ない。
五、土地収用法ですら私有財産制度維持のため民意を聴く程の規定を設けている此の特別法たる特計法に於ても土地区画整理のためなること耕地整理法準用の結果如何に理窟をつけても県に於て全然顧みざる建設省所管の堤防工事に附属する偶々県有地とあるを奇貨としてこの僅少の土地を従前の土地として之に代わるに個人の財産たる五千坪の土地を動かしつつある行政処分の無効たること同法の法意から極めて明白で要するに相手方は政治的関係より先づ最初民有地の内何処と何処を県庁舎敷地にしようと候補地をきめ区画整理と称して換地指定の処分行為に出たもので区画整理に出発せざることは彼我の土地の広狭の差でも明らかであり相手方は岡山県より数千万円の清算金と称して県より受領しおる自体から見ても他人の土地を売買しその代金をもつて土地を買占めそれに抗告人等を逐次移転させつつあるの状況である。斯る違法な行政処分によつて抗告人等をその所有の土地から不利益な土地へ換地替させる行政処分の又無効たること不可分関係にあることよりぜい言を要しない。
六、今や叙上相手方の抗告人等に対する不法な行政処分に付ては本訴を提起しているが移転命令の処分の執行されるに因り物的心的に償うことの出来ない損害の生ずること申す迄も無く此の損害を避ける為緊急の必要あり是非共右行政処分の停止を命じて頂きたいのであります。
原審が行政処分執行停止申請を却下すと決定したる処分は憲法に適合せざる不当の判断を為したるものと信ずる。
一、叙上の如く相手方の違法の行政処分たる岡山県及び抗告人等に対する換指定処分及至移転命令は何人も之に拘束される理由無く斯る行政処分は全然なかつたと同様に取扱わるべき案件である。
1、三越があの土地が欲しいと言えば土地区画整理に乗じて換地替えしてやると同様の不法な右行政処分は憲法第十一条基本的人権享有の抗告人等の人格を無視した行動である。かの七年に及ぶ条件附敷地獲得の方法は此の点でも権限の乱用極まるものと言うことが出来る。
2、原審裁判官は抗告人等と同一運命にある浜岡作一の行政処分停止申請について相手方が換地指定通知を発せず直に移転命令を発した件につき右は公共の福祉に影響するというて三ケ月間停止の決定をした。それ程御認識あるものならば本件の申請理由十分疏明されてあるに不拘之を採用せざることは国民に保障する自由及権利ということに理解を欠くきらいあるわけで「全疏明資料を以てしても」とか「現段階に於ては処分の執行を停止すべき緊急の必要性を認めぬ」と論断するが如きは憲法第七六条三項の「この憲法及法律」に拠らざる独自の良心に立脚しての判断と言うの外ない。何となれば申請人の主張の基礎が原決定の言うが如く「明白」の域に達しなくともよいわけで証明でなく疏明といふ前提の案件であるからである。然るに本件は実質に於ても形式に於ても証明資料たる証拠書類をつきつけての素人でもその処分の違法を云為主張されるものであつて疏明とは言うものの極めて明白な証明附の資料を提供しているのである。殊に「現段階に於ては」という意味は洵に意味深長であるやにも思はれ又如何なる意味か具体性無く当然要求されている法律要件の資材を提供しているに拘らず之を不問に附されたるは果して裁判官たる所定の良心に立脚したるや否や甚だ疑わしく結局裁判官としての良心に立脚せざる不当の判断と信ずる。
3、相手方の行政処分違法にして無効とならば、そして停止決定あらば岡山県は数億の起債流るるとかその影響実に測り知るべからざるものあるを抗告人も認めている。併し乍ら叙上の違法処分に依り数十戸がその所有の貴重な土地を侵され之と離るるその心的物的の損害殊に大陸系の稍もすれば官僚式に流るる今日の行政作用の一端を依然行つて来た相手方の態度に付ては実に憲法一三条の個人の尊重と公共の福祉ということに理解を持たざるもので此の点を明かに疏明しおるに拘らず単なる「全疏明資料を以てしても」というが如き数言を以て消極に判断するが如きは「法律の定むる手続に依らざる」憲法第三十一条違反と信ずる。
何となれば申請を棄却する場合は「理由を明示する」ということになつている。然るに原決定は「申請人の申請は駄目だ」と、云うが如きに等しき宣言と異ならない。苟くも理由を明示すということになれば争点に対する判断疏明に対する具体的の判断はあつて然るべきであろう。殊に審訊の一つすらなさざる全く以て憲法に高度の待遇をしている裁判官に要請されている任務が果されていないということが言い得る。
尚原決定の「違法性の有無に付ては今後の本案訴訟に於て慎重に検討することを要す」と断ずるも本申請に付ては証明を要するのでなく疏明の程度でよいのである。即ち疏明は原決定の謂う所の違法性即ち違法の性格の有無につき一応の推測を生じさせるものなりや否やを判断すればよい。本案に於てこそ違法の有無を検討すべきであろう。畢竟するに原決定は法律の定むる具体的手続につき錯誤を来して証明の程度を要求している。斯て抗告人は日ならずして財産上の自由を奪はれ代執行に依り瓦をはがれ、家屋は破砕されるのである(抗告人と同様の立場の者既に代執行を受けている)。之はとりも直さず原決定がそういう段階に当面させることであつて憲法の謂うところの「専制を地上から永遠に除去する」といふ趣旨に反し「殊に本案訴訟に於て慎重に検討す」と断ずるが如きは本申請を数行の文言を以て一蹴したる慎重ならざることを裏書しおるものであつて憲法の謂う公正と信義に背馳するに非ずやとの念を抱懐させるものと信ずる。
本申請は民事訴訟法第四一九条の二に該当する違憲の法律たる行政事件訴訟特例法の不服を申立つることを得ざる裁判に対するものであつてその裁判即ち処分が叙上の如く憲法所定の精神に反するものであり従つて判断の不当なることここに喋々を要しない。
右特例法に規定する曖昧な各規定事項はその適用者の如何により憲法の「常に基本的人権を尊重し民主主義に基いて国政を運営する」という精神に稍もすれば裏切らるる虞多分にあり、斯る法規であるからこそ原裁判所は抗告人等の本申請を認めるべきで抗告人等は御庁が速かに抗告の趣旨通り御裁判賜ることを御願いして止まぬ次第であります。